下唇に何らかの突起や痛みが生じた際、多くの人は単なる口内炎だと考えがちですが、実際には口内炎とは異なる病態が隠れている場合があります。その代表的な例が粘液嚢胞と呼ばれるものです。ある四十代の女性の事例では、下唇の裏側に数ミリの丸い膨らみができ、最初は痛みがあったため口内炎だと思って放置していました。しかし、一週間経っても潰瘍状にはならず、むしろ透明感のあるぷっくりとしたしこりに成長したため、不安を感じて受診されました。診断の結果、これは口内炎ではなく、小唾液腺から分泌される唾液が詰まって袋状に溜まった粘液嚢胞であることが分かりました。口内炎は中央部が凹んで白くなる潰瘍形成が特徴ですが、粘液嚢胞はドーム状に盛り上がり、痛みは比較的少ないか、あるいは違和感程度であることが多いです。この女性の場合、無意識に下唇を噛む癖があり、その刺激で唾液の管が傷ついてしまったことが原因でした。また、別の六十代の男性の事例では、下唇の縁に硬いしこりができ、表面がただれていました。本人は口内炎が治らないと言って来院されましたが、詳しく検査したところ、初期の下唇癌であることが判明しました。一般的なアフタ性口内炎であれば、通常は二週間以内に改善に向かいますが、三週間以上経過しても治らない、あるいは徐々に大きくなっている、触ると硬いしこりがある、といった場合には注意が必要です。さらに、ベーチェット病のように、全身の炎症の一症状として下唇に激しい口内炎を繰り返すケースもあります。これらの事例から学べることは、下唇の異変をすべて一括りに口内炎と決めつけないことの重要性です。痛みの有無、持続期間、表面の形態、しこりの硬さなどを冷静に観察し、少しでも違和感がある場合は、自己判断で市販薬を使い続けるのではなく、歯科口腔外科などの専門医に相談することが、重大な疾患の早期発見と適切な治療への鍵となります。
下唇のしこりと口内炎を見分けるための事例研究