それはある朝、突然始まりました。最初は舌先に感じるわずかなざらつき。いつもの口内炎か、と高を括っていた私を待ち受けていたのは、想像を絶する地獄の日々でした。その小さなざらつきは、半日も経たないうちに白い円となり、翌日には直径一センチはあろうかという巨大なクレーターへと成長していたのです。場所は最悪の、舌の側面。話すたび、飲み込むたびに、鋭利なガラスの破片で抉られるような激痛が走ります。普通の口内炎の「しみる」という感覚とは次元が違いました。ズキン、ズキンと脈打つような痛みが四六時中続き、何もしていない時でさえ、その存在を忘れさせてはくれませんでした。食事はまさに苦行そのものです。おかゆやゼリー飲料ですら、舌を動かす行為そのものが痛みを誘発するため、口に含むのに覚悟が必要でした。醤油や味噌はもちろん、食べ物の温度にさえ気を遣わなければなりません。熱いものは火傷のように、冷たいものは突き刺すように痛むのです。数日間、まともな食事ができず、体重はみるみるうちに落ちていきました。何より辛かったのは、コミュニケーションが取れないことです。仕事柄、電話や会議で話す機会が多い私にとって、これは致命的でした。言葉を発するたびに顔をしかめ、ろれつが回らない。相手に不快な思いをさせていないか、痛みの裏側で常に気を遣い、精神的にも疲弊していきました。夜も、痛みで目が覚めることが何度もありました。市販のパッチを貼っても、巨大すぎるクレーターを覆いきれず、すぐに剥がれてしまいます。塗り薬は塗った瞬間に激痛が走り、唾液で流れて効果は一瞬。あまりの痛さと治る気配のない絶望感に、トイレで一人、涙を流したこともありました。一週間が過ぎた頃、ようやく痛みのピークが過ぎ去ったように感じました。脈打つような痛みが、鈍い痛みに変わったのです。そこからさらに一週間、クレーターは少しずつ浅くなり、赤みが引いていきました。完全に痛みがなくなるまで、実に三週間近くかかりました。この経験は、私に健康のありがたみを痛いほど教えてくれました。そして、でかい口内炎は、決して「ただのできもの」ではない、生活のすべてを破壊しかねない恐ろしい病変なのだと、身をもって知ったのです。