中堅広告代理店で働く佐藤さんは、人生の大きなチャンスである競合プレゼンを三日後に控えていました。連日の徹夜とプレッシャーのせいか、あろうことか下唇の真ん中に巨大な口内炎ができてしまったのです。それは話すたびに前歯の先端が丁度当たり、電気が走るような痛みを伴う最悪のポジションでした。プレゼンでは流暢な説明が求められますが、今の佐藤さんは「さ」行や「た」行を発音するたびに顔を顰めてしまい、言葉がうまく出てきません。鏡で見ると、下唇の内側に真っ白な一円玉ほどの潰瘍が鎮座しており、その周囲は真っ赤に腫れ上がっていました。彼は焦りました。このプレゼンで勝てば昇進は間違いありませんが、このままでは説得力のあるスピーチなど不可能です。同僚からは「体調管理も仕事のうちだよ」と揶揄され、ますますストレスは募るばかりでした。彼はわらにもすがる思いで昼休みに薬局へ駆け込み、最も強力だというステロイド配合の貼るタイプの薬を購入しました。さらに、普段は飲まない高価な栄養ドリンクとビタミン剤を流し込み、その夜は仕事を切り上げて、一年ぶりに八時間の睡眠をとりました。翌朝、痛みは半分ほどに軽減されていました。パッチを貼ったまま話す練習をしてみると、直接の摩擦がないためか、発声が格段にスムーズになることに気づきました。当日、彼は下唇の裏に薄いパッチを潜ませ、痛みをアドレナリンでねじ伏せながらマイクを握りました。結果は、見事なプレゼンで受注を勝ち取ることができました。終わった瞬間、緊張が解けると同時に口内炎の痛みが再び蘇ってきましたが、それはどこか誇らしい痛みのようにも感じられました。この経験を通じて、彼は自分の体が限界を超えていたことを深く自覚し、大きな仕事の前後こそ、意識的に休息をとることの大切さを痛感しました。下唇の口内炎は、彼にとっての勲章であると同時に、自分を大切にするための手痛いリマインダーとなったのです。
大切なプレゼン前に下唇の口内炎に悩む男の物語